| 「百人一首」で知る日本の伝統文化。百人一首を様々な形で楽しめる。京都嵐山にある「小倉百人一首」をテーマにした体験型学習施設「時雨殿」。「時雨殿」で触れることができるかるた勝負や、百人一首の技を鍛えることができるミニゲームなど、DSならではの機能で伝統文化の魅力を堪能することができます。また、タッチペンで調べる京都案内も収録しています。 |
百人一首-16-中納言行平(ちゅうなごんゆきひら)
百人一首-16-中納言行平(ちゅうなごんゆきひら)
平安時代の日本の歌人、公家。在中納言(ざいちゅうなごん)とも。平城天皇の皇子阿保親王の次男。在原業平は弟。母は不明、桓武天皇皇女伊都内親王(業平の母)説もあるが、生年から考えるに史実ではない。兄弟とともに臣籍降下して在原氏を名乗る。このとき九歳。
」 歌人としては古今和歌集ほかに合計11首入集し、また民部卿行平歌合(在民部卿家歌合)を880年代中頃に主催した。これは現存する最古の歌合である。
881年(元慶5年)在原氏の学問所として大学別曹奨学院を創設した。これは朱雀大路東、三条大路の北一町を占め、住居を与えて大学寮を目指す子弟を教育したもので、当時は藤原氏の勧学院と並んで著名であった。奨学院は醍醐天皇のとき、大学寮の南曹とされた。
◆百人一首-16-中納言行平(ちゅうなごんゆきひら)
立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる
平安時代の日本の歌人、公家。在中納言(ざいちゅうなごん)とも。平城天皇の皇子阿保親王の次男。在原業平は弟。母は不明、桓武天皇皇女伊都内親王(業平の母)説もあるが、生年から考えるに史実ではない。兄弟とともに臣籍降下して在原氏を名乗る。このとき九歳。
」 歌人としては古今和歌集ほかに合計11首入集し、また民部卿行平歌合(在民部卿家歌合)を880年代中頃に主催した。これは現存する最古の歌合である。
881年(元慶5年)在原氏の学問所として大学別曹奨学院を創設した。これは朱雀大路東、三条大路の北一町を占め、住居を与えて大学寮を目指す子弟を教育したもので、当時は藤原氏の勧学院と並んで著名であった。奨学院は醍醐天皇のとき、大学寮の南曹とされた。
◆百人一首-16-中納言行平(ちゅうなごんゆきひら)
立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる